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札幌地方裁判所 昭和29年(行)4号 判決

原告 渡辺綱彦 外二名

被告 北海道知事

主文

被告が別紙第一目録記載の土地につき昭和二十四年一月二十四日付買収令書によつてした買収処分は無効であることを確認する。

原告渡辺彦兵衛の別紙第二目録記載の土地に対する請求は棄却する。

訴訟費用中、原告渡辺綱彦および同渡辺嘉男と被告との間に生じた部分は被告の負担とし、原告渡辺彦兵衛と被告との間に生じた部分はこれを三分し、その二は被告の負担とし、その余は原告渡辺彦兵衛の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告が昭和二十四年一月二十四日別紙第一目録および第二目録記載の土地に対してした牧野買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  別紙第一目録記載の土地(以下本件第一の土地という。)は原告らの共有であり、別紙第二目録記載の土地(以下本件第二の土地という。)は原告彦兵衛の所有であるところ、被告は、右土地をいずれも旧自作農創設特別措置法第四十条の二第四項第五号の牧野に該当するものであるとして買収処分をした。すなわち、被告は、本件第一の土地については昭和二十四年二月三日当時の五城目町農地委員会を経由して原告綱彦に同年一月二十四日付の買収令書を交付し、本件第二の土地については同年二月二十一日原告彦兵衛に対し同じく同年一月二十四日付の買収令書を交付してそれぞれ牧野買収処分をした。

二  しかしながら、本件第一および第二の土地に対する右買収処分は、次のような違法があるから無効である。

(一)  本件第一の土地は、登記簿上は原告綱彦、同彦兵衛および訴外渡辺徳太郎三名の共有名義であつた。ところが右訴外人は昭和二十一年四月二十日に死亡し、原告嘉男が家督相続によりその共有持分を相続したから、右土地は原告ら三名の共有に属することとなつた。

したがつて、右土地の買収は原告ら三名を相手方としてしなければならないのにもかかわらず、原告綱彦、同彦兵衛およびすでに死亡した右徳太郎を相手方としてされたばかりでなく、その買収令書のあて名は「渡辺綱彦外二名」と表示されているから、本件第一の土地に対する買収処分は無効である。

(二)  本件第二の土地は、山林であつて牧野ではないから、右土地を牧野としてした買収処分は無効である。

三  かりに本件第一の土地に対する買収令書が原告彦兵衛および同嘉男に有効に交付されたとしても、右土地は山林であつて牧野ではないから、同土地を牧野としてした買収処分は無効である。

四、よつて、本件第一および第二の土地に対する買収処分の無効確認を求めるために本訴に及ぶ。

被告訴訟代理人らは、請求棄却の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一  原告ら主張の事実中、被告が原告ら主張のような買収処分をしたこと、本件第一の土地に対する買収令書のあて名が原告ら主張のとおりであること、および右土地が登記簿上原告ら主張のように原告綱彦、同彦兵衛および訴外徳太郎三名の共有名義であることは認めるが、本件第一および第二の土地がいずれも山林であることは否認する。

二  本件第一の土地に対する買収令書は、昭和二十四年二月三日当時の五城目町農地委員会書記牧口武彦が原告綱彦方において同人に交付した。その後同原告は、右買収令書の交付があつたことおよびその内容につき、原告彦兵衛に対しては同年二月三日から昭和二十六年八月十五日までの間に、原告嘉男に対しては昭和二十四年三月下旬頃それぞれ通知した。したがつて、原告彦兵衛および同嘉男は買収処分のあつたことを知つたのであるから、その時にこれを受領したということができ、結局、原告ら三名に対し買収令書の交付があつたことになるのである。

かりに原告彦兵衛および同嘉男が右買収令書を受領したと認められないとしても、彦兵衛は昭和二十六年八月十五日に日本勧業銀行秋田支店から右土地の買収代金を受領しているし、また嘉男も同日綱彦を代理人として同じく買収代金を受領している。したがつて、原告彦兵衛および同嘉男は右買収代金の受領によつて買収令書の受領を追認したから、右両名に対しても買収令書は有効に交付されたのである。

なお、被告は、原告嘉男に対し、農地法施行法第二条第二項により、本件第一の土地に対する買収令書を念のため再交付した。しかして右令書は、昭和三十年九月三十日同人に到達した。

三  本件第二の土地は、牧野であつて山林ではない。すなわち、右土地は、原告彦兵衛が牧場目的地として国から売払を受けて牧場として利用していたものであり、林木育成のための森林施業案編成地区ではなく、また林木育成のための事業を行つたこともない。その地勢はおおむね平担で、一部緩傾斜地はあるが、これとても牧野としての利用を不可能にする程度のものでなく、同土地の野草はササ、ハギ、カヤ等牛馬の飼料となるものが密生している。したがつて、右土地は明らかに旧自創法第二条にいうところの牧野である。

しかして右土地には買収の時期において賃借権等を有する者はなく、所有権を有する者のみで、その所有者は本件土地を家畜の放牧または採草の目的に供していなかつたのであるから、同土地を旧自創法第四十条の二第四項第五号の牧野に該当するものであるとしてした本件買収処分は、これを無効とすべき重大かつ明白なかしはない。

四  本件第一の土地は、訴外小室道郎が昭和初年頃から牧場として利用し、また訴外鷲山信枝も戦前牧場として利用していたことがある。その地勢はウリマク川付近の一部が緩傾斜地であるにすぎず、その他は大半平担地で、立木は雑木が点在しているだけで森林施業案も編成されておらず、また植林した事実もなく、野草はササ、ハギ、カヤ等が繁茂してその成育は良好である。のみならず、牧場として欠くことのできない水飲場としてウリマク川が貫流している。したがつて右土地もまた明らかに旧自創法第二条にいうところの牧野である。

本件第一の土地も第二の土地と同様にその所有者が家畜の放牧等の目的に供していなかつたのであるから、第二の土地と同様に牧野に該当するものであるとしてした本件買収処分は、これを無効とすべき重大かつ明白なかしはない。

原告ら訴訟代理人は、被告の右主張に対し、次のとおり述べた。

一  原告彦兵衛が買収代金を受領したこと、原告嘉男に対して被告主張の日に買収令書が郵送されたことは認めるが、嘉男が買収代金を受けとつたことは否認する。

二  原告嘉男に対しては被告主張のような買牧令書の交付をすることはできない。本件第一の土地の登記簿は昭和二十七年七月四日自作農創設特別措置登記令第十四条第一項の規定により閉鎖されている。したがつて、右土地に対する買収処分は終つたのであるから、被告主張の日に至り農地法施行法第二条によつて買収令書を再交付するなどということあり得ない。

三  かりに被告主張のような買収令書の交付をすることができるとしても、原告嘉男は右買収令書は受領後直ちに返送したから、交付の効力はない。またかりに交付の効力が生ずるとしても、さきに原告嘉男に買収令書を交付しなかつたことのかしは治癒されない。

四  原告彦兵衛は被告主張の日買収代金を受領したが、これは同人が鹿追村農地委員会会長から、同人所有の土地のうち買収されない土地があつたのにもかかわらず、全部買収された旨の真実に反する書面を受けとつたからであつて、右書面を受けとらない限り、同人はこれを受領しなかつたのである。したがつて、右受領は錯誤に基くものであるから無効であつて、受領はなかつたこととなるから、右受領の事実をもつて被告主張のように令書の交付があつたということはできない。

被告訴訟代理人らは、原告らの右主張に対し、原告嘉男が買収令書を返還したことは認めるが、令書の交付はその到達によつて効力を生ずるから、返還されても交付の効力には何らの影響もない、と述べた。

(立証省略)

理由

一  被告が本件第一の土地につき昭和二十四年二月三日当時の五城目町農地委員会を経由して名あて人を「渡辺綱彦外二名」とする同年一月二十四日付の買収令書を原告綱彦に交付したことは、当事者間に争がない。

ところで牧野の買収処分は、旧自創法第四十条の五、同第九条により、当該牧野の所有者に買収令書を交付してしなければならない。買収されるべき牧野が共有に属する場合には、各共有者の共有持分を買収することとなるから、各共有者に対し各別に買収令書を交付しなければならないというべきである。

本件第一の土地が原告ら主張のように登記簿上原告綱彦、同彦兵衛および訴外徳太郎三名の共有名義であることは被告の認めて争わないところである。また、成立に争いのない甲第一号証、証人岡本新兵衛の証言(第二回)、原告本人嘉男の供述を総合すれば、右土地はもと原告綱彦、同彦兵衛および訴外徳太郎三名の共有であつたが、右訴外人は昭和二十一年四月二十日に死亡したので、その二男である原告嘉男が家督相続により右訴外人の本件第一の土地に対する共有持分を取得し、同日以後右土地は原告ら三名の共有となつた事実を認めることができる。しかして他に右認定を左右するに足りる何らの証拠もない。

してみれば、本件第一の土地に対する買収処分については、その買収令書の名あて人はその共有者である原告綱彦、同彦兵衛および同嘉男の三名とすべきであり、かりに前記の訴外徳太郎と原告嘉男との間の相続関係が明らかでなかつたとしても、少くとも買収令書には原告綱彦、同彦兵衛および訴外徳太郎の氏名を表示すべきであつたといわなければならない。すなわち買収令書には買収すべき土地の所有者の氏名を特定することを要するのである。したがつて、本件第一の土地に対する買収令書におけるその所有者の記載として「渡辺綱彦外二名」と表示するだけでは、綱彦と誰との共有であるかを明らかにすることができず、登記簿その他によつて共有者が何人であるかを知ることができるとしても、買収令書の記載はかようなまわり遠い方法による表示は許されないと解すべく、かりに共有者の一名に交付するときは偶々当該当事者間ではそれぞれ連絡の手段がとられるであろうことが推察されうる場合であつても、買収処分は買収令書の交付によつて効力を生ずるものであるから、「外二名」として表示された者に対して異議その他の方法による不服申立を一方的に奪う結果となる以上、令書の交付に関する被告の各主張についての判断を待つまでもなく、本件買収令書を原告綱彦に交付してした買収処分は無効であるというほかはない。

二  被告が本件第二の土地につき昭和二十四年二月二十一日当時の五城目町農地委員会を経由して原告彦兵衛に対し同年一月二十四日付の買収令書を交付して牧野買収処分をしたことは、当事者間に争いがない。

原告彦兵衛は右土地は山林であつて牧野であるから右買収処分は無効であると主張するが、右は被告の争うところであるのにもかかわらず、原告の提出援用に係る証拠を些細に検討しても、その主張のように右土地が山林であることを認めるに足りる証拠はなく、また他に右事実を認めるべき証拠もない。したがつてこの点に関する原告彦兵衛の主張を認めることはできない。

三  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求中、本件第一の土地に関する部分は正当であるから認容し、その余の部分は失当であるから棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢竜雄 吉田良正 秋吉稔弘)

(目録省略)

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